コラム

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列に並ばなくていいの?と驚いたマクドナルド
若い人からしたら、「おじさん、時代遅れ」と言われそうです。 マクドナルドは、列に並んでカウンターで注文して、出来上がるのを待って、カウンターに引き取りに行って注文した取りに行き、食べる席まで持って行くのが当たり前だと思っていたところ、部下は席で注文できるから、カウンターに並ばないと。そして、席まで注文品を運んでくれるんだと。知らなかった私は馬鹿みたいに列に並んでいたんだなあ。 店員との会話もあっていいではないかと思うところがあるが、人がやることには間違いがつきものでもあるし、最近は、「タブレット」で注文するシステムも多くなったし、持参しているスマートフォンで注文するということもできる店があったり、まさに「文明の利器」だなあと思わされるケースが多くなりましたね。 名古屋のバーガーキングにも、大型のタッチパネルで注文を受け付けていたので、使ってみたら、やはり大きな文字で見やすいし、並ぶ必要もなくて快適であると思わされました。カウンターで注文する場合、商品表示がやや小さいなあと感じるときもあるし、顔を上に向けてメニューを見るのも疲れるし。カウンターで、あれやこれやと迷って焦るのもいやだし、「タッチパネル」「スマホで注文」「タブレットで注文」というのは、本当に快適に思える。 さて、一人でマクドナルドに入ってみました。注文カウンターには行かずに、テーブルに行きます。するとQRコードがあるのですね。読み取って、店舗を選択します(位置情報から、絞り込みができればなおよいのですけど)。そこから、注文する品を選択して、支払い方法、商品の引取り方法を選ぶのですが、そこで店内で飲食、座席番号を指定するスタッフがトレイに商品を乗せて持ってきてくれるという便利さ、出来上がったかどうかを気にせずに、電話をかけることができました。本当、便利なサービスだなあと、感激してしまいました。 スマートフォンの恩恵などを受けて、人員削減、効率的な人員配置ができて、お客さんも満足できる時代になったのだなあと感じます。人を介してのサービスが、より高価(より希少性があるもの)になっていくことが想像できます。
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徳山ブルースよ永遠に!
10月に揖斐川町地域交流センターで行われた創作オペラ「徳山ブルース」に出演したメンバーが一堂に会して「録画された映像」を楽しむ会に出席しました。 驚かされたのが、多様な角度から撮影されていて、全体もよく分かり、細部のズームアップしてくれていて良い映像を撮っていただけたなあと感動しました。それとともに、素人芝居も心を動かされるものがあるのだなあと。アンケートの集計結果を作っていただいていましたが、2日ともに700人近い観客に入っていただけたことに感謝でしたし、数多くの「感動した!涙がでてきた!懸命さが伝わってきた!」という言葉を見かけるたびごとに、終演後に聴衆の満足そうな笑顔を思い出しました。やはり音楽、演劇、舞台芸術っていいものだなあと、感慨にふけることができました。 アンケートでどちらからの観客かという欄もあったのですが、遠く富山、淡路からもかけつけて来てくれた人もいたようです。来ていただいた割に1時間10分ほどの時間であったのは短すぎたかもとは思えます。もっと長く徳山ブルースの世界に浸っていたかったと聴衆には思っていただけたようです。また次もやってほしいという声も多数あり、「音楽を聴く喜び、舞台を見る喜び」を皆で体感できる素晴らしさが、創作オペラにはあります。出演者、舞台を作る人には舞台を作り上げる喜びがありますね。素人集団で、歌の歌詞を覚える、曲を覚える、さらには動きを覚える、振り付けを覚えるというのは、やりがいがあるけれど、ステージ上で観客に観ていただく以上は、美しくありたい、何か主張を持たせたいと思うものだから、大変苦労しました。 コロナがあけて題材が今はなき小さな山村「徳山」。昭和生まれの50歳代以上にとっては、映画ふるさとでなじみにもなった徳山の自然と村人体の暮らし。そんな過去の思い出に浸った方々も多かったのではないでしょうか。当たり前に当たものとの惜別の別れを悲しみながらも前向きにとらえて前進していく力強さをたたえた力作、これも徳山の思い出とともに「後世に残したい宝物」ではないかと思いました。のべ1400人以上がかかわった大イベント、人々の記憶に思い出に残るひとときが提供できたのではないでしょうか、その一員に加われたことをとても誇りに思えました。 「オレんたあのこの胸にずっと徳山ブルースの思い出は残っとる」
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今年も50周年がありました。出身校「大垣東高校」
私の出身高校は、大垣東高等学校です。最終学歴ではありませんけれど、息子二人も同じ高校を卒業していて、息子在学中にもたびたび大垣東高校の中に立ち入る機会もあり、自身の思い出の1ページとしてさらに深く刻まれた気がします。今まで同窓会などには行きたいと思わなかったのです。揖斐川町から大垣市というそれなりの都市に毎日通学した3年間。その当時としては、勉強をずっとさせられた、テストに追われた3年間であったような。不得意科目の理数に苦しめられ、いじめを受けたり、明るくもない高校時代だったことを思い出すと。そして、私は東京にある私立大学希望なのに、公立進学校あるあるで、「国公立大学至上主義」であったり。吹奏楽やりたかったのに、かなわなかったりと「もやもや」の3年間というのが当時の私の心境であったように思っていました。 しかし、東高生の親として、育友会(PTAのような組織)の役員として活動させていただいた1年半程度を振り返ると、成熟した良い高校になったなあという思いもしたものです。私の高校時代、こんなに笑顔が多かっただろうか、賑やかだったのだろうか?という気持ちにもなりました。当時よりもトイレもきれいになり、エアコンも取り付けられて、着実に学習環境は良くなりました。これも、生徒、両親、先生方が三位一体で取り組み、そこに行政支援が受けられている賜物であると感謝しなければならないと思いました。 育友会の役員在籍時には、大病しての長期入院の際に、同時期に役員さんからは、お見舞いに来ていただき嬉しかったこともありました。息子2人の3年生の時の担任には、個別面談の際にお会いさせて頂いたりと、何かと交流もありました。そして母校が創立50周年をまもなく迎えることも知っていました。そんな折、卒業生の名簿作りがあるのでと「協賛広告」を事務所から出させていただいたくこともありました。名簿も購入しました。ということで、「50周年祝賀会」には、「行ってみよう」という気持ちにさせられました。 11月11日が、その祝賀会の日でした。その当日、若干の緊張と不安の気持ちを抱きながら出席しました。息子たちに行かないかと声をかけたのですが、若くて卒業したばかりだとピンとこないのでしょう、「行かない」という返事が即座にかえってきました。まあ、仕方ないよな、自分でも20歳代の時は全く行く気しなかったしと思いました。「子どもは、昔自分がしていたことを繰り返しやる」、自らの鏡にもなりうると常日頃から感じます。 実際に会場につき着席するとすでに先に着席していた女性がいました。あいさつし、自己紹介をしあうと、「へえ、あの〇〇さんなんか」と。今は、揖斐郡に住んでいるのだとか。共通の知り合いを探しつつ、その人たちの話題や教えていただいた先生についての話をします。それにしても、熱心に聞いてくれるなあと感じながら、在学中はほぼ話すことがなかったのに不思議な感覚でした。会が開始される直前になっても、卒業年ごとにテーブル分けされていたテーブルに同期はわずかに私とその女性だけ?と驚きました。そんなに少ないとは、まさかでした。結局、もう一人男性で出席者はいて、かろうじて3人。その同期も、在学中話したか?目立ってないよね?と言い合うほど知らない存在でした。 他にも、以前育友会でお世話になった校長先生や、懐かしい同じ部活の先輩(女性の3人組)にも再会し(先輩が覚えてくれていました)、長男の高3の時の担任の先生にもお声をかけていただいたりと、大変うれしく感じ、ずっと興奮状態でした。今までに味わったことがない感覚で、大垣東高校での出会いって、意外にも自分の人生に良い影響を与えてくれたのだなあと感じさせられました。意外にも、数多くの人と出会いおしゃべりをした高校時代だったのだなあと。そして、皆でひしめきながらの記念撮影と東高校の校歌を数多くの参加者とともに斉唱できたのは、思い出になることでした。「朝の陽に輝く嶺の伊吹山」、ピアノ伴奏なしでも力強く歌唱されました。 高校の時にほぼ話したことのない3人であったのに、祝賀会が終わってからも、まだ話したりないということで、大垣駅前に移動して、二次会へ。私は、途中で帰らせていただいたのですが、いい余韻がずっと残って、また近く会おうということで合意。「東高50年」がつないでくれたご縁、大切にはぐくみたいと思いました。 50年には、この数年で他にも縁がありました。税理士会大垣支部50周年とわが事務所の創業からの50周年ですね。先の2つについては、まさに当事者として関わりました。しかし、今回のは、お誘いいただいて、試しに出かけようというゲスト的な立場でした。企画された皆さんに感謝です。 ちなみに大垣東高の正面玄関前に植えられた樹木もけやき(育友会役員の際も気が付かなかった)ということで、学校の木も「けやき」だそうでした。わが事務所の目立つところにも「けやき」を植えられたらいいのだけどなあ。
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メサイア全曲演奏会:兵庫県芸術文化センター
11月は、これで生演奏会3度目。3度目は、兵庫県立文化センター大ホールでのメサイア演奏会。 2月にメサイア全曲演奏会に地元で合唱団の一員として参加しているので、だいたいの曲の内容は分かっています。とはいっても、今回のは聴衆としてヘンデルの作ったキリスト像を味わいたいと思いました。12月は、演奏会に行く予定はしていないので、今年はこれが最後の生演奏会。先月も文化センターには行ったのですが、ホント新しくて木目の美しい美しいホールです。そして、足の悪い人にも十分に配慮された階段の取り方であることに素晴らしいと感じる。そして、クロークも比較的使いやすいところに位置しているのも便利です。すっかりこのホールのとりこになっている感じがします。 アクセスもとても良いのです。阪急の大阪梅田から特急2つ目の西宮北口駅から徒歩で、ペデストリアンデッキでつながっていて、まったく階段段差がないので、理想形と言っていいです。私の場合、JRの大阪駅で乗り換えしたくないために、京都よりのJR高槻駅で降車しました。高槻駅から徒歩8分ほどで阪急の高槻市駅なのです。雨が降ったら、嫌な乗り換えかもしれませんが、雨の心配がないようなら、高槻から高槻市の間にある飲食店、店舗を眺めながら移動するのも大変楽しいのです。高槻市から大阪梅田方面へは特急で3番目の停車駅十三(じゅうそう)乗り換え、今度は神戸方面で特急1番目停車の西宮北口駅下車とスムーズに行けます。十三駅にバウムクーヘン専門店の店舗があるのですが、これを買って食べましたが、休憩の合間にちょうどいいお菓子でした。 話は戻って、古楽の愉しみと題して、バロックバイオリンなど古楽器を用いた管弦楽団アントネッロの伴奏で、合唱、声楽ソロという構成。指揮者は濱田芳通さん。演奏の出来不出来は、指揮者次第であると思いますが、濱田さんの演奏に接するのは初でしたが、あらかじめ目にしていた演奏会公報のチラシを見ると、一風変わった斬新なメサイアが聴かれそうであるということ、楽しみに来場しました。会場で配られているプログラムは、A4 版6ページとかなり本格的なもの。そのプログラムに指揮者濱田さんの演奏者ノートが。専門的な用語も多くて十分に理解できなかったけれど、トランペットが鳴り響いてというところに興味があったのですね。やはり、ラッパが鳴ることによる華やかさの演出ができますよね。作曲者ヘンデルは、うまくトランペットを利用して、キリストの偉大さを表現しているかのように思います。 おー、普通と違うなあと思ったのが、通常であると声楽ソロ歌手は、ずっと指揮者の隣で歌い続けるということですが、今回は違いました。合唱しているメンバーが代わる代わる前に歩いて出てきて、ソロのパートを歌っていくということでした。確かに、それぞれのパートが特定の歌手によって演奏されなければならないわけではないですからね。しかし、ソロパートは、当然ながら難易度が高いのです。ですが、それぞれの歌手が十分に技術があるのですね。だから、そんなこともできる。個人技も、合唱もできるメンバーが揃ているとということです。人数としては、合計17人の合唱。うち女声ソプラノ5人、あとは12人の男声。カウンターテノール(アルト)を用いて、合唱されたのはなかなかお目にかかれないのではないでしょうか。確かに、アルトパートをカウンタテノールに置き換えたのは、サウンドに柔らかみを加えてさらに美しく感じさせてくれました。 2月にステージで演奏した体験から、合唱のバスパートばかりが耳に入ってきます。バスパートには、ほとんど同じ音でオーケストラも寄り添ってくれるので、より耳に入るのでしょう。あと今回の字幕は、日本語訳が右に、左に英語が表示されました。その字幕を読んでいるとよりメサイアの伝えたい内容が分かります。よりメサイアのストーリーが頭に入ってくるのです。さらに、キリストの降誕からキリストの受けてきた苦しみ、そしてキリストの復活が味わい深く、その美しいメロディとともに、心を打ちました。 指揮者が途中、客席側に向いてリコーダーを演奏したり、変化に富んだステージで、午後3時開演午後6時終演のこの演奏会はまったく長くは感じませんでした。今回は、空席がやや目立っていましたし、観客の年齢層もとても高かったように思いました。とても満足度の高い、よく聞かれるメサイアの演奏とは相当趣の違う演奏であったと思います。 ヘンデルのメサイアも、年末に聴く音楽にふさわしいのではと思います。2023年は、ヘンデルのメサイアのすばらしさを体感できた年でした。何度も歌い、何度も鑑賞するのにふさわしい名曲だからこそ、多くの人々に愛されるのでしょう。さらに多くの人にこの曲を聴いてもらいたいと願います。
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慰安旅行:家康の生まれ故郷の三河への旅
当事務所の慰安旅行は、昨年が1泊2日であったので、今回は日帰りで、近場へ。 これまでバスでのツアーは、事務所の駐車場発で企画していましたけれど、以前と比較して地元揖斐川町に在住のスタッフの割合が低くなったので、前回の旅行でも、集まりやすいと好評であった道の駅「パレットピアおおの」で集合解散に変更しました。非常に広い駐車場を備えていて、事務所に来るよりも近いというスタッフも多く、トイレや自販機も備えていて、すぐ近くにコンビニもあるという利便性が良いのです。最近、新しい病院もオープンして、大きい工場が建設中で、さらに賑やかな地区になりそうです。 そして、インターも近いので、高速道路をずっと走ってこれるという便利さがあり、今回もすぐに大野神戸インターより岡崎へ。岡崎は、知名度の高い都市ではあるのですが、通過してばかり。初めての岡崎観光でした。岡崎城近くにどうする、家康大河ドラマ館に入館。平日水曜日であるにもかかわらずドラマ館内は大混雑でした。じっくりと見たかったのですが、出発時刻が気になってしまい、じっくり見られませんでした。大河ドラマに出てくる俳優さんは、著名人がとても多いですよね。家康の生涯自体は大変興味があるのですが、ジャニーズの松本潤さんっていうのは、家康の貫禄が足りないのでは?と思っていたところ、若き家康の情けない、へっぴり腰なことこの上なく、観るのをやめてしまいました。でも、ここの展示を見ていくと、また大河ドラマ見ようかという気にもなってきました。戦国武将に限らず、人生「どうする?」の繰り返しですよね。迷い、決断を何度もするのですよね。偉大な歴史上の人物の生きざまに学ぶことは、よりよく生きることにつながるのではないかと思います。 大河ドラマ館のすぐ近くには、お土産コーナーも用意されていました。記念グッズからお菓子まで、非常に幅広い品ぞろえで、非常に買う気にさせてくれます。中でも岡崎の八丁味噌を使ったお菓子がセンスいいなあと感心しました。 このあと、蒲郡の竹島近くのホテルでの昼食。やはり宴席の料理は出てくるのに時間がかかります。せっかく温泉もあるのに、入浴しているような時間はとれずじまい。品数多く、バリエーション豊富な料理を、とても広い部屋でいただきました。「けやきパートナーズご一行様」と書かれた看板が掲げられたステージ付きで、ちょっと大げさだと思いましたけど。余裕のある広い部屋で、広い館内。もう少し時間あれば竹島まで歩いて、そのあと温泉でひと風呂みたいに過ごしたかったなあ。そんな満たされない思いをするのが団体ツアーの常であるように思います。 午後は、蒲郡のミカン狩りに。マイクロバスに乗り換えて、より標高の高い所に移動します。木に実っているみかんの大きいこと。そのみかんを5つくらい頂いたでしょうか。そして、ミカンの袋に入り切るまではお土産に持って帰れるということで、木からさらに8個ほどもぎとりました。この日は、とても気象条件がよく、雨の心配もいらない天候で、足元も滑りやすくはなっていなくて、外を歩くには良い日でした。事務所慰安旅行は、かなりの確率で晴れるというジンクスがあります。事実、2泊3日日程の3度の旅行期間中、雨が降ることはありませんでした。晴れ男、雨男とか言われますが、「私は、晴れ男だ」と胸を張って言えます。
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税理士会支部旅行の行先は自身4度目の日間賀島
11月も終わりそうなので、急いで紀行文を書いていかないと間に合いません。11月は、暑くなく、寒すぎることなく体を動かすのにもちょうどいいくらいの季節ということで、ちょっとした旅行を数多くしました。11月8日、税理士会の支部旅行に5年ぶりに参加しました。タコとフグの島「日間賀島」へのグルメツアーという感じした。日間賀島、もうすでに家族旅行を含めて4回行っていますが、高台の眺めの良いホテルでの食事は初めてでした。いつもは、ビーチにほど近いところでしたので、船を降りて食事処はすぐであったように思います。しかし、今回は船を降りると、マイクロバスに乗り換えて、急な坂を上って食事会場のホテルへ。意外に晴れて、食後のカフェタイムに海からのさわやかな風に当たりながらのわずかな時間が心地よかったです。日間賀島は、ほとんど車の音がしないのが良いです。非日常感がある船に乗っての上陸もいい、しかも乗船時間は短くて、船酔いしそうもないのが好都合で手軽です。 こちらでの土産で大好きなのがタコ饅頭です。「もみじまんじゅう」の日間賀島版かなという感じがします。もみじでなく「たこ」。たこは、漢字にすると「多幸」であると。美味しいし、形がかわいらしい。そしてネーミングセンスもいいなあと感じさせます。ただし、ん?ホテルの売店が、キャッシュレス対応じゃないの?観光地でこれは、痛いとしか言いようがないと私は思います。カード利用者の方が、たくさん使ってくれるのですから、わざわざ商売の機会を逃しているようなものです。私の場合、財布を取り出して、お札を出すのが面倒で仕方がないのです。最近は、キャッシュレス非対応の方が少なくなってきたと思うのです。時流に合わせるというのが求められると感じます。今回の支部旅行、いつもよりも若い人の参加が増えたように思いますが、55歳の私でも、平均年齢より相当若いのではないでしょうか。もっと、若い人に出てきてもらわないたい、税理士へ登録してほしいものです。
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「結婚式、披露宴の今昔」
11月12日、いびがわマラソンの日でした。いびがわマラソンの序盤に当事務所の前を5000人を超えるランナーが通過するので、非常ににぎやかになるのですが、今年はそんなマラソンを楽しむムードにはなれませんでした。というのは、その日の夕方に、当事務所のスタッフの披露宴があるからでした。事務所の代表者というと、披露宴はで祝辞を述べる立場ではないですか。今回で3度目でしたが、慣れませんね。今回は、何ら書かずに頭の中で言うことを整理して口に出そうと思っていましたが、マラソンを応援していて、三男が走るのを見ていてもどことなく上の空で、胃がキリキリと痛むくらいに。なんとか落ち着かせるために、「スマホのメモ帳」を取り出して、言う言葉を書き出してみて、何度か読み返してみました。すると、何とか胃の痛みも治まりました。いびがわマラソンは、アメリカのユタ州から選手たちを招待して行われること、五輪金メダリストの高橋尚子さんも走ってくれること、沿道の熱烈歓迎の応援などで、マラソンランナーより高い評価を受けているマラソン大会ですけれど、この日はそれどころではなかったのです。 結婚式をキリスト教式で終えて、披露宴に入り、若干当事務所のスタッフである新郎と、当日のシェフの話があって、祝辞を述べましたが、まあ思った通りに近く話せたかなと。スマホ見ながらとか思いましたが、細かい字で見づらいだろうからとやめました。新郎と新婦が一生懸命にこちらを向いて聞いてくれているのが印象的で、それを見ていると「どきどき感」も収まり、幸せになれよという気持ちになれました。 自分の息子もあと5年程度先には結婚するのだろうなと考えると、今時の披露宴がどんな感じで行われるのかということには興味が湧いてくるのですが、昔の結婚式、披露宴ってどんなものであったかというのを、今の20代、30代の人たちにも知ってもらいたいと思います。もちろん、「昔は良かったが、今はだめだ」とか言うつもりは毛頭ありません。 いつの間にかなくなった(減った)もの、神前式の結婚式。「三々九度のさかづき」などと言って分かるのでしょうか。雅楽の演奏がされる中で厳かに執り行われる神前式、もちろん新郎新婦は和装で。白無垢の新婦、羽織袴の新郎という組み合わせが日本独特で良いと思えるのですが、見られません。あと、媒酌人夫妻の存在です。若い二人を見守るベテラン夫婦が務めるように思うのですが、その存在がありません。媒酌人を依頼する手間、その大役を務める夫婦の心的負担を考えるとない方が平和なのかもしれません。媒酌人さんが、新郎新婦の略歴を紹介していましたが、そのような紹介をする時間もなくなっているのは、いかがなものかと思うことはあります。略歴を「司会者が語る」、「スライドショーで、写真とともに」というのが一般的になったのですね。あるいは、席次表とともに、新郎新婦の紹介があったりするのは以前はなかったことかもしれません。最近やらないなあと感じたのは、「友人から贈る言葉(スピーチ)」と「友人の余興」ですね。友人たちって、確かにスピーチや余興があるとしたら、ドキドキで披露宴を楽しめないでしょうから、それもありなのかもと思いますが、職場の上司からしたら、このスタッフはどんな学生生活を送ってきたか、そんな笑えるエピソードが披露されるというのは楽しいことではないかと思うのですけどね。 かくいう私は、友人の披露宴で、従妹の披露宴で歌を披露しました。それぞれリクエストされたので、断らなかったですね。あと男声合唱部に属していましたので、同じ合唱の仲間たちと合唱を披露したこともありますし、先輩の披露宴で歌ったこともありましたし。合唱を生で聞かせるのは、お酒が入っていると大いに盛り上がるのです。どこでも、大いに歓迎されていたと思います(思い込みかも?)。合唱で歌う曲は、我が母校の中央大学校歌「中央の名よ、栄あれ」と華やかに終わります。もう一つ、宮城県民謡の最太郎節です。「松島のさよ瑞巌寺ほどの寺もないとえ」で始まり「大漁だえ」で終わる縁起の良い景気の良い歌です。親も、大変喜んでいたように思います。 そう、あと私たちの頃は「キャンドルサービス」というのは当たり前にあったように思います。新郎新婦が、各テーブルをまわって挨拶して、キャンドルに火を灯すイベントですね。今は、各テーブルごとに、新郎新婦と写真を撮って回るイベントに代わっているようですね。「ウェディングケーキ入刀」とうのも、必ずしも画一的なケーキではなくなってきたように思います。ある披露宴では、計算機を模したケーキが登場したのは驚きました。 今は、記録媒体が大きく進化しているので、録画された画像も美しいことでしょう。手軽に写真も撮影できるのが大きく変わったことだと思います。 今も昔も変わらぬのは、結婚したカップルへの温かい視線、幸せそうな二人に対してこちらも嬉しくなる気持ち。「披露宴、多少の緊張あるけれど、やれば一生の思い出となる」。いまだに26年近く経ったあの日の出来事は、心の隅に残り、今でも引き出すことができる思い出です。
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江ノ電と湘南
藤沢駅の北口にあるホテルに宿泊したのですが、藤沢駅は北口も南口もともに大きくて、前日11月3日によくホテルの位置をたしかめなかったせいで南口をぐるぐると周ってしまいました。藤沢駅のようなターミナル駅は、ペデストリアンデッキで結ばれている場合が多く、立体的になっている場合が多くあります。そんな構造ですと足の悪い私は一苦労するのです。とりわけ、迷ってしまうと階段を上り下りして悪戦苦闘しました。結局は、北口というのが正しかったのですが、北口からホテルのルートはなんてシンプルなこと。きちんと調べないといけませんね。スマホで検索すればいいとはいえ、スマホの地図表記は、立体的になっている場所は苦手なようです。 藤沢駅はターミナルと言いましたが、JR東日本は「東海道線」だけですが、私鉄の「小田急線」が、新宿までつながっていて、「急行新宿行き」というのが見られます。もちろん、小田原へも小田急線で行けますが、さすがにそのような迂回をする人は時間がある人、小田急線が大好きな人に限られるでしょう。なんといっても、乗り換えが必要ですし、迂回しているので運賃も余計にかかってしまいます。小田原へは、東海道線で行くのが当たり前ですね。その先、「箱根、熱海、伊豆」へも東海道線です。藤沢、小田原はリゾート地への玄関口という機能を持っていそうです。そう、新宿へは、JR東日本のみでも行けますが、小田急とどちらを使う?という問題が出てきそうですね。時間があるならば、比較して楽しむのもよさそうに感じました。私は、小田急が好きなので、藤沢から新宿であれば、小田急です。私の大学在学中は小田急はとても遅い電車でしたが、世田谷区内がほぼ複々線となったので、ノロノロ運転が解消されたようです。そんな進化をみてみたいところです。 そうです、忘れてはいけないのが、藤沢最大の名所は「江の島」なのですよね。藤沢駅より小田急線でも行けますし、小田急の駅の方が、江の島に若干近いのですが、もう一つが、よく映画でも撮影されている江ノ島電鉄線(江ノ電)です。藤沢より江の島の入り口を通って鎌倉まで結ぶ路線です。この江ノ電があるのは、藤沢駅の南口でした。小田急とJRは、橋上駅舎で地上にレールが並んでいますが、江ノ電は二階が発車ホームでした。朝早く7時前に江ノ電の藤沢駅で、江ノ電1日フリーきっぷを購入して、江の島、鎌倉を楽しんでから横浜でのコンサートを楽しんだのち帰路に就くことに。11月4日、雨の心配も全く要らない三連休中日でした。 江ノ電は、藤沢から鎌倉をゆっくりと住宅街をぬって走り抜けるような鉄道。短い路線でありながら、江の島と鎌倉という有名な観光名所を結んでいるので、首都圏在住の方には有名なミニ鉄道だと思います。途中に太平洋がじっくりと眺められる路線でもあり、その美しい景観を堪能するため乗車するだけでもその価値があります。東海道線でも、比較的近くの小田原近郊で海と並走するところはありますが、ここは趣が違います。電車と海が一体になっているかのような近さでゆったり走ってくれるのがいいのです。そして、鎌倉から藤沢へ向かう途中に海に突き出す江の島がだんだん近くになってくるのが眺められます。 ゆったりと時間が流れるような感覚を味わいに湘南で江ノ電に乗るというのもありです。沿線には、日本とはどこか違うのではと思えるような雰囲気の海の家?も多く建っています。大きなリゾートホテルが見られないものも雰囲気があって良いでしょう。そして、電鉄側の営業努力も見逃せないです。主要な駅の駅舎は、どこもその土地の雰囲気に合わせたものになっているし、駅名標の文字が、ゴシック体とか明朝でなく、雰囲気のある文字を使っていたり、方向字幕についても、単に「藤沢」「鎌倉」だけでなく装飾が施されているのです。それがなんともキュートです。そう、最大3両編成で走るミニ鉄道なのは、途中で車道を走るからでしょう。路面電車の区間も存在するのも魅力の一つでしょう。電子決済にも対応してくれて、比較的多くの駅係員を配置して、ほぼ座席が乗客でうまるくらいに利用されている江ノ電、首都圏の有名な観光地ということで多くの外国人観光客も乗車していました。都会の通勤電車にはないローカル感ですからね、乗る価値は大いにあるものです。急いで観光したい人には向かないでしょうけれど。 鉄道を撮影する「撮り鉄」を趣味にする人には、大変愛される鉄道でしょう。以前、揖斐には「名鉄谷汲線」というのがあり、「赤い電車と谷汲の自然」をともに撮影して楽しんだ人もおられましたが、残念ながら「旧谷汲駅」に電車が置かれるのみとなっています。江ノ電のカラーと街、あるいは海とのコントラストが素晴らしいのです。映画で見たあのシーンに出会う旅でもありました。