けやきパートナーズとは
税理士法人いび会計センターは、創業50年を機に「けやきパートナーズ税理士法人」と名称変更いたしました。 けやきパートナーズは、揖斐川町に位置する地域密着の「税務」・「法務」・「労務」・「保険」サービス等を提供する「ワンストップ型」事務所です。
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コラム
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何を基準に大学選びをするか?約40年前の私の「納得の選択」。
大学受験の季節になりますと、毎年のように思い出す光景があります。教室の空気、駅のホーム、そして試験会場の独特の静けさです。岐阜の進学校では、国公立大学が進路の中心になりやすく、「合格したら進学する」という雰囲気も強いように感じます。分かりやすさがあり、家計面でも合理性があるため、保護者の方にとっても納得しやすい面があるのだと思います。 一方で、受験の実態はそれほど単純ではありません。国公立一本ですと日程や結果の振れ幅が大きくなりがちで、実際には私立大学を複数併願して「合格を確保する」という動きが一般的です。これは決して悪いことではなく、むしろ受験期の現実的な戦略だと思います。 そして、最後に必ず訪れるのが「辞退」という判断です。私立大学に複数合格したとしても、最終的には進学先を一つに絞ることになります。合格証書の数よりも、「4年間をどこで過ごすか」という視点が前に出てきます。通学のしやすさ、学費、校風、学びの中身、卒業後の見通しなど、現実的な要素を改めて比較することになるからです。 私自身も、まさにそのような受験を経験しました。明治大学と中央大学、そして神奈川大学に合格しました。世間的には「よく頑張りましたね」と言っていただける結果だったのではないかと思います。しかし当時、進学校の空気の中では国公立大学が基準になりやすく、私立大学を本命にすることに、どこか肩身の狭さを感じる場面もありました。国公立大学の合格は、努力の物語として共有されやすい一方で、私立大学は(難易度に関わらず)その枠組みから外れて見られてしまうことがあるのかもしれません。 ただ、大学選びでいちばん大切なのは、周囲の空気よりも「本人の納得」だと、今では思っております。私は最終的に中央大学へ進学しました。理由は、商学部で会計を学べること、そしてキャンパス環境でした。試験会場の印象は今もよく覚えています。茶色のレンガタイルの落ち着き、自然の気配、広い空間。受験当日は不思議と気持ちが整い、落ち着いて臨めた感覚がありました。結果として、大学生活は自分なりに「95点」と言えるほど充実していました。周囲の友人からも、「別の大学に行きたかった」という話はあまり聞きませんでした。 受験は学力勝負であると同時に、意思決定の訓練でもあるように感じます。「どこに受かるか」も大切ですが、それ以上に「どこに進むか」が、その後の4年間を大きく左右します。その瞬間には、本人の性格、ご家庭の価値観、生活の現実がすべて反映されます。だからこそ、受験生の皆さま、そして保護者の皆さまには、世間の序列や周囲の雰囲気に引っ張られすぎず、最後は「納得して選ぶ」ことを大切にしていただきたいと思います。 偏差値やブランドも参考にはなりますが、最終的に日々を支えるのは「自分で決めた」という手応えです。納得して選んだ大学は、学び方も、人との出会い方も、生活の姿勢も変えてくれます。受験は短い期間ですが、その先は長い時間が続きます。受験の季節だからこそ、改めてそのことをお伝えしたいと思います。
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ある大学 ある高校を見る視点 経営者として、親として
先々週に大学入学共通テストが終了し、 自己採点も終わり、今はちょうど「出願」の季節です。 そこで、今回は「高校」「大学」を観察して感じたことを話題にしました。 私は仕事柄、組織や環境を見る際に 「どこに資源が使われているか」 「日常が大切にされているか」 という点を、どうしても意識してしまいます。 それは経営者としての習性であり、 同時に、親としての感覚でもあります。 一昨年前の夏に、「かつて自分が通っていた大学のキャンパス」を 久しぶりに息子と訪れました。 学生時代には先進性を感じ、 この場所で学んだことに誇りを持っていました。 建物の配置や動線はよく整理されており、 今見ても基本設計は丁寧だと感じます。 ただ、経営者として、そして親として見たとき、 少し気になる点がいくつも目に入りました。 講義室のイスや机は、昔とほとんど変わっていません。 長時間の講義を前提とした設備としては、 身体への配慮が十分とは言えないように感じました。 急勾配のある教室構造についても、 安全面で改善が必要な段階ではないでしょうか。 食堂や図書館についても同様です。 機能は果たしていますが、 「学生が自然と集い、長く過ごしたくなる空間か」と考えると、 やや物足りなさを覚えました。 時代に合わせアップデートしていく発想を持ってほしいと感じます。 もし今、自分の子どもから 「どんな大学だったの?」と聞かれたとき、 迷いなく 「ここで4年間過ごすのは良い経験になる」と 勧められるだろうか。 そう自問すると、すべてを誇らしく語れません。 一方で、まったく異なる印象を受けた学校もあります。 地域の公立高校です。 校舎自体は大きく変わっていませんが、 学校全体の雰囲気がとても明るく感じられました。 生徒さんの表情が柔らかく、 挨拶が自然に交わされています。 進学実績や偏差値が大きく変わったわけではないのです。 しかし、学校としての「空気」は、確実に良くなっているように思えました。 経営の視点で見ると、その理由は比較的はっきりしています。 冷暖房が適切に整備され、 トイレなどの生活設備も改善されています。 毎日使う場所に、きちんとお金と手間がかけられている。 これは組織からの 「あなたたちを大切にしています」という 無言のメッセージだと受け取ることができます。 また、保護者が進路に適度な関心を持ち、 学校と情報を共有しながら子どもを支えていることも、 生徒さんの安心感につながっているように感じました。 過干渉でも放任でもない、いわば「後ろから支える関わり方」です。 その結果、先生方も押さえつける指導をしなくてもよくなり、 信頼を前提とした関係が成り立っているのではないでしょうか。 その「自由」が、生徒さんの「表情」に表れているように見えました。 経営の世界でも同じですが、 立派な建物や目立つ投資よりも、 毎日使われる場所を丁寧に整えることが、 組織への信頼と誇りを生みます。 教育現場も例外ではないと、改めて感じました。 校舎を建て替えなくても、日常環境への配慮と、 人を大切にする姿勢があれば、組織の空気は確実に変わります。 経営者として、そして親として。 利用する人々が快適に過ごせる「環境づくり」 を考えることの大事さを私は常日頃から考えています。
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なぜ、当事務所には「大きな看板」がないのか
ときどき、こんなことを聞かれます。 「ここ、看板がないけれど分かりにくくありませんか?」 たしかに、事務所の外観には「目立つ社名看板」を掲げていません。 けれどそれは、「出していない」のではなく、そういう選択をしているというのが正確な表現です。 当事務所から役場までは、直進で約300メートルです。 役場前には、「相続のご相談を意識した看板を一本」だけ設置しています。 「存在がどこかを表す看板」としての役割は、それで十分果たせていると考えています。 一方、事務所のある場所は、山が見え、周囲に大きな建物もなく、落ち着いた環境です。 建物の背景に、池田山、小島山が見える自然に同化した事務所と言っていいでしょう。 また役場から事務所までの道のりには、白い建物は他にありません。 そのため、「役場からまっすぐ行った、あの白い建物」で自然と伝わります。 実は、事務所の看板については、スタッフにも意見を聞いたことがあります。 「もっと分かりやすい看板があった方がいいだろうか」と尋ねたところ、 返ってきた答えは意外にも、 「今のままで困ったことはありません」 「かえって、このすっきりした感じがいいと思います」 というものでした。 毎日この場所で働き、お客様を迎えているスタッフがそう感じているのであれば、 それが現場の実感なのだと思います。 実際、以前は電柱広告や建物上部の社名表記、業界団体の看板を掲げていた時期もありました。 当時はそれが経営上、意味のある選択であったと思います。 しかし、役割を終えたものは、整理していく。それもまた、経営判断の一つということです。 先代からは「白い建物は残せ」と言われていました。 この言葉は、どこかノスタルジーのようにも聞こえましたが、今になるとその意味がよく分かります。 白い建物は、景色を邪魔せず、季節や行事、人の動きをそのまま受け止めてくれます。 主張しすぎず、それでいて確かな存在感がある。 この場所には、それが合っているのです。 当事務所は、看板で選ばれたいわけではありません。 腰を据えて話ができる場所であること、 人と仕事の中身で信頼していただくこと、 そして、そこで働くスタッフ自身が「ここでいい」と感じられることを重視しています。 そのために、あえて静かにたたずむ感じにしています。 これからも、 現場の声に耳を傾けながら、 必要なものは取り入れ、役目を終えたものは手放して、 その時代に合った「見せ方」を選び続けていきたいと考えています。
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