コラム

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事務所創業54年を迎えました。-「けやきパートナーズ」誕生秘話
私どもは、創業50年を機に名称を変更してから、5年目という節目を迎えています。 現在のスタッフのうち5名は、けやきパートナーズになってから入社していますが、他の10名は旧社名の時代に入社しています。お客様の中にも、最近ご縁をいただいた方々を中心に、「なぜ、けやきパートナーズという名称になったのか」という経緯を十分にご存じでない方もおられるでしょう。 実際、昨年12月に地元の経営者の集まりで 「国枝さん、なんで名称を変えたの? いび会計センターのほうがいいんやないの?」 という声をいただきました。 そこで今回は、「けやきパートナーズ誕生物語」をお話ししたいと思います。 実のところ、私は代表に就任した平成21年以来、「いび会計センター」という名称は、いつか変更すべきではないかと考えていました。なぜなら、私たちの提供する価値は、会計や税務にとどまらず、もっと広がっていると感じていたからです。 私は、税理士事務所が例えば「国枝会計」と名乗るのが通常であることに、以前から少し違和感を持っていました。私たちの仕事は、「単なる会計業務」ではありません。 会計というツールを用いて経営アドバイスを行い、事業承継の最適な方法をご提案するなど、中小企業経営者の皆さまを「多面的に支援」しています。 そこで私は、経営理念を次のように書き換えました。 「中小企業の経営者の良き永続的パートナーとなり、お客様とともに成長する企業を目指します」 この理念を掲げて、すでに15年以上が経過しています。毎日の「経営理念の唱和」を通じて、スタッフにも着実に浸透していると感じています。 仕事や作業をこなすことが目的ではなく、「お客様に寄り添い、企業の成長段階に応じた最適なサービスを提供すること」――これこそが、社名変更の根底にある考え方なのです。 では、いつ社名を変えるのか。 私は、気持ちを切り替えられる明確なタイミングを探していました。 それが「創業50周年」でした。「50周年を機会に社名を変えよう」と決断したのです。 次に問題となったのは、「どうやって新しい名前を決めるか」でした。せっかくなら社内イベントにしようと考え、社名を社内公募することにしました。中には、「変えたくない」という意見や、「揖斐(いび)」を残した案もありました。 社内で候補案への投票を行い、上位数点に絞ったうえで、最終選考を幹部で行いました。 その結果、誕生したのが「けやきパートナーズ」です。 選考理由の一つとして挙げられたのが、「けやき」が揖斐川町の木であるという点でした。私はその点を見落としていたのですが、なるほど、「いび」という名前を外しても、「けやき」という言葉から地元・揖斐川町を連想できるのだと納得できました。 また、けやきの大木のように、温かくお客様や従業員を包み込む存在でありたい、という思いも込められています。この名前を提案してくれたのは、ベテラン職員の小林宏紀でした。初めてこの案を見たとき、私は「はっとするほど、いい名前だな」と感じました。 社名決定から約6年が経過しましたが、職員の知恵を借りながら決めたことは、本当に良かったと思っています。代表一人の考えで決めたわけではないからこそ、けやきパートナーズという名称はスタッフにも好評で、5年目を迎えた現在では、十分に定着していると感じています。「ブランド力」の向上も、確かに実感しています。 ぜひ皆さんにも、会社名には「こだわり」を持っていただきたいと思います。会社名に誇りを持てるようになったことは、私たちにとって大きな成果です。 けやきパートナーズ税理士法人への社名変更と同時に、行政書士法人、有限会社にも「けやきパートナーズ」を冠し、統一感のある体制へと刷新しました。さらに、けやきパートナーズ社会保険労務士法人も設立しました。 これらはすべて、「私たちはお客様と永続的なパートナーであり続けます」という宣言でもあるのです。
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衆議院選挙、自民圧勝についての感想
あっという間に始まって、あっという間に終わっていった「政治ショー」のような衆議院選挙であったと思います。選挙の情勢調査でも自民党は、過半数が固いと言われていましたので、もうすでに、「自民党勝利、高市劇場大成功」というのが見えていたように思えます。 この自民党の大勝、史上最高の勝ち方であると思うのですが、その要因として挙げられるのは、「高市首相の抜群の人気」でしょう。トランプ大統領との日米首脳会談での明るさ、トランプ氏からも支えられている「さなえ」さんという印象は強く、どちらかというと「台湾有事」と騒ぐオールドメディアは埋没していたように感じます。 女性初の首相誕生は、日本に何か底知れぬ明るさをもたらしてくれたように思えました。また、石破内閣ではほぼ前に進まなかった自公国の三党幹事長の合意が、前に進んだのは、高市内閣であったからだという認識も大きかったのではないでしょうか。高市さん、そして財務大臣の片山さんであれば、やってくれそうだという期待感は大いにあります。そこに多くの有権者は注目したのだと思います。 逆に、野党側がまとまれなかったことも大きいでしょう。言われていることですが、選挙前にいきなり作った「新党中道改革連合」。立憲、公明の支持者は置いて行かれたと感じたのではないでしょうか。そして、無党派の政権与党への批判の受け皿にはなりにくかったと思えます。まさしく新党の「得体の知れなさ」があったのではないかと思えます。さらに労働組合連合から支持を受けている「立憲」「国民」が完全に分かれて選挙戦を戦っていることで、票が割れたのでしょう。これに参政党などの政党も候補を立てているのでは、野党は勝ちにくいと思えます。 参議院選挙の時と比較して、自民党は支持率が高くなっていた、高市政権は支持率が7割もあるという好条件ですから、自民党の候補が、東京で全勝というのも理解できるものです。本当に、小選挙区であるから振り子の振れのように、極端にふれるのですよね。前回衆議院選挙では、自民党が200議席を切った、今度は全体の3分の2の議席を占めているということで。 「小選挙区」は、死票を多く生む制度であり、私は、民主主義にふさわしくないと思っています。同じ選挙区で、一人しか選ばない制度で、一人の絶対的に強い候補が、色んな立場の考えを組んで国会に持っていくことができるのだろうか、非常に疑問です。前の中選挙区、一選挙区当たり3人から5人を選ぶ方が、選択肢が広くて良いのではないかと思えます。 比例代表での復活当選は批判されています。前回岐阜3区では、野党候補が復活当選しました。ところが、今回の選挙では、この「復活当選した議員」は評価されてなかったのか、政党の勢いがなかったからか、比例で復活できないくらい自民候補が引き離していました。これは、自民候補が、気を引き締めたとみるべきなのかなと思います。さて、今回は「比例復活」が、岐阜2区で実現しました。自民候補が得票率を落としたせいで、浮かび上がったのです。前回の比例復活が「民主党ブーム」の時だったのと比較すると、今回は意味合いが全く違うのではないかと思えます。これは、候補者の県議会での活躍を見てきた有権者の評価によるものが大きいのではないかと思います。そして、こういう「同じ選挙区に他の議員がいる状況」が、自民党議員の気持ちを引き締めることにつながるのではないでしょうか。 民主主義は、大きい政党にすべて委ねる、その思想に合わせるだけでなく、「少数者の声」もある程度大切に扱う政治であるべきではないでしょうか。自民党は、大勝利におごらずに、丁寧に少数意見も組み入れつつ、「透明性の高い」政治的意思決定をしてもらいたいと思っています。
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高市さん、解散総選挙で評価落としたような
高市総理、今までの石破さんと違って、動きがとても速いじゃないか、よくやってくれているなあと思いました。 さすがに、みんなに待ち望まれていた総理、しかも初の女性総理と思っていたのものです。 「ガソリン暫定税率の廃止」「年収の壁問題」に一定の結論を出してきたということで頑張られたと評価していたのです ところが、総理大臣就任からわずかに3ヶ月で解散ですか?前回の衆議院解散から、1年3か月ほどしか経っていませんが。 自民、公明の連立政権が終わって、日本維新の会が連立に加わりましたが、そのカラーが十二分に見えてきたのでしょうか。そこまでの色合いがみられないようにも思えます。ですから、有権者に、「自公」から「自民維新」に変わったけれど、それが良いのかということの「信を問う」と言われても、判断材料がないのではありませんか。まずは、きっちりと「予算」を通すことを優先してやってほしかったです。すなわち年度内に予算を成立させるということではなかったでしょうか。 我々から見れば、まだ参議院選挙で審判があったばかり。それを受けて「石破政権」が終焉して、「高市政権」が始まったのです。ですから、高市さんが、動いたって、実質3か月、その間の政権の評価と言われても難しいものではないでしょうか。 それではこの選挙をどうみればよいのですか? 前回の衆議院選挙からの「1年3か月の与党であった自民が良いか」という判断軸で考える人はきっと少ないでしょう。「高市政権発足以降の自民で判断する」という人がたすうかもしれません。しかしながら、二度の国政選挙を経てようやく、高市さんに総理が代わったというのは、自民党の反省のなさ、機動力のなさを示しているように思えます。そのような政党に支えられているということも考えて投票行動をすべきではないでしょうか。 実際、今回の衆議院の解散総選挙を否定的にとらえる人が多いのですよね。その結果が、内閣支持率下落にもつながっています。これは、多くの人が直感的に思ったことでしょう。なあんだ、高市さんも旧来の自民党の総理と変わらない「党利党略」の人だと、自分が有利な時に解散する我田引水的な考えじゃないかと。 高市さんの総理就任に、沸き立った去年の10月の熱気がやや冷めてきたところもありますね。そして、雪にも苦しめられるこの時期、街頭演説を聞く有権者が、凍え震えながら聴くというのは、いかがなものでしょうかね。 実際、2月の衆議院総選挙は、あまり例がないようで、1990年以来36年ぶりということらしいです。 その時、私は大学3年生。有権者になってさほど年数がたっていない時でしたね。この時は、自民党が大勝。まだ社会党という存在があった時でしたね。この時の争点が、「消費税」。導入したての消費税をめぐる攻防だったようですが、今回も「消費税減税」が争点になっていますね。当時大学生だった私。消費税3%で始まったのが、今は10%。消費税のようなものは、「小さく生んで大きく育てる」ものだとゼミの先生は、書きましたが、その通りになっています。 「消費税」には断固反対だったすでに他界された富岡幸雄先生の姿がしのばれます。反対する論拠はすべて、その通りであったなあと思います。 私の考えとしては、消費税は、「薄く広く」で終わらせていただくのがいいと思います。10%で終わらせてほしい。それで、軽減税率はなくす、インボイスが要らない仕組みにする、非課税も必要最小限にするなど、簡素な税制にする、事業者に負担をかけないというのが大事だと思っています。
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何を基準に大学選びをするか?約40年前の私の「納得の選択」。
大学受験の季節になりますと、毎年のように思い出す光景があります。教室の空気、駅のホーム、そして試験会場の独特の静けさです。岐阜の進学校では、国公立大学が進路の中心になりやすく、「合格したら進学する」という雰囲気も強いように感じます。分かりやすさがあり、家計面でも合理性があるため、保護者の方にとっても納得しやすい面があるのだと思います。 一方で、受験の実態はそれほど単純ではありません。国公立一本ですと日程や結果の振れ幅が大きくなりがちで、実際には私立大学を複数併願して「合格を確保する」という動きが一般的です。これは決して悪いことではなく、むしろ受験期の現実的な戦略だと思います。 そして、最後に必ず訪れるのが「辞退」という判断です。私立大学に複数合格したとしても、最終的には進学先を一つに絞ることになります。合格証書の数よりも、「4年間をどこで過ごすか」という視点が前に出てきます。通学のしやすさ、学費、校風、学びの中身、卒業後の見通しなど、現実的な要素を改めて比較することになるからです。 私自身も、まさにそのような受験を経験しました。明治大学と中央大学、そして神奈川大学に合格しました。世間的には「よく頑張りましたね」と言っていただける結果だったのではないかと思います。しかし当時、進学校の空気の中では国公立大学が基準になりやすく、私立大学を本命にすることに、どこか肩身の狭さを感じる場面もありました。国公立大学の合格は、努力の物語として共有されやすい一方で、私立大学は(難易度に関わらず)その枠組みから外れて見られてしまうことがあるのかもしれません。 ただ、大学選びでいちばん大切なのは、周囲の空気よりも「本人の納得」だと、今では思っております。私は最終的に中央大学へ進学しました。理由は、商学部で会計を学べること、そしてキャンパス環境でした。試験会場の印象は今もよく覚えています。茶色のレンガタイルの落ち着き、自然の気配、広い空間。受験当日は不思議と気持ちが整い、落ち着いて臨めた感覚がありました。結果として、大学生活は自分なりに「95点」と言えるほど充実していました。周囲の友人からも、「別の大学に行きたかった」という話はあまり聞きませんでした。 受験は学力勝負であると同時に、意思決定の訓練でもあるように感じます。「どこに受かるか」も大切ですが、それ以上に「どこに進むか」が、その後の4年間を大きく左右します。その瞬間には、本人の性格、ご家庭の価値観、生活の現実がすべて反映されます。だからこそ、受験生の皆さま、そして保護者の皆さまには、世間の序列や周囲の雰囲気に引っ張られすぎず、最後は「納得して選ぶ」ことを大切にしていただきたいと思います。 偏差値やブランドも参考にはなりますが、最終的に日々を支えるのは「自分で決めた」という手応えです。納得して選んだ大学は、学び方も、人との出会い方も、生活の姿勢も変えてくれます。受験は短い期間ですが、その先は長い時間が続きます。受験の季節だからこそ、改めてそのことをお伝えしたいと思います。
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ある大学 ある高校を見る視点 経営者として、親として
先々週に大学入学共通テストが終了し、 自己採点も終わり、今はちょうど「出願」の季節です。 そこで、今回は「高校」「大学」を観察して感じたことを話題にしました。 私は仕事柄、組織や環境を見る際に 「どこに資源が使われているか」 「日常が大切にされているか」 という点を、どうしても意識してしまいます。 それは経営者としての習性であり、 同時に、親としての感覚でもあります。 一昨年前の夏に、「かつて自分が通っていた大学のキャンパス」を 久しぶりに息子と訪れました。 学生時代には先進性を感じ、 この場所で学んだことに誇りを持っていました。 建物の配置や動線はよく整理されており、 今見ても基本設計は丁寧だと感じます。 ただ、経営者として、そして親として見たとき、 少し気になる点がいくつも目に入りました。 講義室のイスや机は、昔とほとんど変わっていません。 長時間の講義を前提とした設備としては、 身体への配慮が十分とは言えないように感じました。 急勾配のある教室構造についても、 安全面で改善が必要な段階ではないでしょうか。 食堂や図書館についても同様です。 機能は果たしていますが、 「学生が自然と集い、長く過ごしたくなる空間か」と考えると、 やや物足りなさを覚えました。 時代に合わせアップデートしていく発想を持ってほしいと感じます。 もし今、自分の子どもから 「どんな大学だったの?」と聞かれたとき、 迷いなく 「ここで4年間過ごすのは良い経験になる」と 勧められるだろうか。 そう自問すると、すべてを誇らしく語れません。 一方で、まったく異なる印象を受けた学校もあります。 地域の公立高校です。 校舎自体は大きく変わっていませんが、 学校全体の雰囲気がとても明るく感じられました。 生徒さんの表情が柔らかく、 挨拶が自然に交わされています。 進学実績や偏差値が大きく変わったわけではないのです。 しかし、学校としての「空気」は、確実に良くなっているように思えました。 経営の視点で見ると、その理由は比較的はっきりしています。 冷暖房が適切に整備され、 トイレなどの生活設備も改善されています。 毎日使う場所に、きちんとお金と手間がかけられている。 これは組織からの 「あなたたちを大切にしています」という 無言のメッセージだと受け取ることができます。 また、保護者が進路に適度な関心を持ち、 学校と情報を共有しながら子どもを支えていることも、 生徒さんの安心感につながっているように感じました。 過干渉でも放任でもない、いわば「後ろから支える関わり方」です。 その結果、先生方も押さえつける指導をしなくてもよくなり、 信頼を前提とした関係が成り立っているのではないでしょうか。 その「自由」が、生徒さんの「表情」に表れているように見えました。 経営の世界でも同じですが、 立派な建物や目立つ投資よりも、 毎日使われる場所を丁寧に整えることが、 組織への信頼と誇りを生みます。 教育現場も例外ではないと、改めて感じました。 校舎を建て替えなくても、日常環境への配慮と、 人を大切にする姿勢があれば、組織の空気は確実に変わります。 経営者として、そして親として。 利用する人々が快適に過ごせる「環境づくり」 を考えることの大事さを私は常日頃から考えています。
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なぜ、当事務所には「大きな看板」がないのか
ときどき、こんなことを聞かれます。 「ここ、看板がないけれど分かりにくくありませんか?」 たしかに、事務所の外観には「目立つ社名看板」を掲げていません。 けれどそれは、「出していない」のではなく、そういう選択をしているというのが正確な表現です。 当事務所から役場までは、直進で約300メートルです。 役場前には、「相続のご相談を意識した看板を一本」だけ設置しています。 「存在がどこかを表す看板」としての役割は、それで十分果たせていると考えています。 一方、事務所のある場所は、山が見え、周囲に大きな建物もなく、落ち着いた環境です。 建物の背景に、池田山、小島山が見える自然に同化した事務所と言っていいでしょう。 また役場から事務所までの道のりには、白い建物は他にありません。 そのため、「役場からまっすぐ行った、あの白い建物」で自然と伝わります。 実は、事務所の看板については、スタッフにも意見を聞いたことがあります。 「もっと分かりやすい看板があった方がいいだろうか」と尋ねたところ、 返ってきた答えは意外にも、 「今のままで困ったことはありません」 「かえって、このすっきりした感じがいいと思います」 というものでした。 毎日この場所で働き、お客様を迎えているスタッフがそう感じているのであれば、 それが現場の実感なのだと思います。 実際、以前は電柱広告や建物上部の社名表記、業界団体の看板を掲げていた時期もありました。 当時はそれが経営上、意味のある選択であったと思います。 しかし、役割を終えたものは、整理していく。それもまた、経営判断の一つということです。 先代からは「白い建物は残せ」と言われていました。 この言葉は、どこかノスタルジーのようにも聞こえましたが、今になるとその意味がよく分かります。 白い建物は、景色を邪魔せず、季節や行事、人の動きをそのまま受け止めてくれます。 主張しすぎず、それでいて確かな存在感がある。 この場所には、それが合っているのです。 当事務所は、看板で選ばれたいわけではありません。 腰を据えて話ができる場所であること、 人と仕事の中身で信頼していただくこと、 そして、そこで働くスタッフ自身が「ここでいい」と感じられることを重視しています。 そのために、あえて静かにたたずむ感じにしています。 これからも、 現場の声に耳を傾けながら、 必要なものは取り入れ、役目を終えたものは手放して、 その時代に合った「見せ方」を選び続けていきたいと考えています。
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本日は、今シーズン初の大雪でした
本日1月22日は、初の積雪量40センチとなり、雪かきが本格的に必要な雪の量でした。 当事務所の駐車場は、十分に広いのですが、その広さが災難になり、すべてを除雪するには、とても「人力」ではできるような雪の量ではありません。今日は、何とか駐車場に車を突っ込むことができたのですが、こういう日は、経営者として非常に気を遣います。途中に雪で立ち往生してしまわないか、雪で車を動かせなくなっている人もいるのではないか、お客さんをきちんと迎え入れられるか、雪の量が多すぎると駐車場に入場することができなくなってしまう。そんなことがないように午前6時には気持ちを入れなければいけません。 ありがたいことに、お客様を迎えるために1時間以上早く出てきて雪かきをやってくれるスタッフがいました。雪かきの作業は、非常に足腰に来ます。無理なくやっていただきたいと思うので、業者さんを依頼するべきだと思いますが、この日は近隣の土木工事業の業者さんは、どこも電話がつながらなかったり、断られたりでした。この大雪が、年に5度以上というのであれば、除雪機を買うという選択肢もあるでしょう。しかし、今までにあって3度くらいなのです。であれば、除雪機までは抱える必要はないと思うのではないでしょうか。生活の「インフラ」である道路は最優先に除雪していただいき、そのあとにようやく民間の駐車場の除雪に手が出せるということではないでしょうか。 この雪で、移動もしにくいということから、パートさんには休暇取得のお願いをしました。駐車場の除雪も困難なので、来てもらうことができないのです。これほどの積雪は、年間片手ほどまでに収まる、そして、今シーズン初めての大雪ということで、どこも慣れておらず、混乱していることから考えるのならば、そういう選択肢もありだと思います。 当事務所の職員は、ある程度はこの雪に慣れているのですが、昨日今日の路面は非常に滑りやすくて危険な状態ですね。最近は、事故を防ぐためにあらかじめ通行止めにしてしまうという予防措置が取られるようになってきましたね。賢い対処ではないかと思います。雪は、ずっと降り続けるということでないのであれば、「雪」を「君、ちょっと休んだらどうかというサイン」と考えてもよいと。無理して移動しなくてもいいのではないかと。雪と折り合いをつけつつ、付き合う思考をこの社会は考え始めたのかなあと思わされた一日でした。 1年に数度見られる山並みに雪がかかっていて、白銀の世界に太陽が照り付ける光景は、実に美しく心躍らされるのですが、さて移動となると、勇気を振り絞るとともに、慎重さも身にまとう必要があるのです。本格的な雪の本日考えたことでした。
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会社の最後を看取るのも税理士の役割
開業し、事業を開始することは華やかな出来事です。しかし、それを継続していくことは、決して簡単なことではないと感じています。私自身、これまでに会社をたたむ方を何人も見てきました。中には、夜逃げという形で終わってしまったケースもあります。せっかく築いた関係性が、そのような形で途切れてしまうのは、あまりにも寂しいことだと思うのです。 だからこそ、せっかく開業されたのであれば、できるだけ長く事業を続けていただけるよう支援したいと考えています。失敗の大きな要因の一つは、十分な戦略を持たないまま事業を始めてしまうことではないでしょうか。私どもでは、「経営計画を一緒に作りましょう」とご提案していますが、立案段階から取り組もうとされない起業家の方も少なくありません。 設立から数年以内に会社をたたむ場合、それは結果として、正しい経営ができていなかった証とも言えるでしょう。しかし一方で、20年以上継続し、経営状況も決して悪くない会社であっても、事業を終えなければならない場面があります。代表者の高齢化により気力が続かなくなる場合や、経営者の急逝によって事業継続が困難になる場合などです。 印象に残っている事例の一つに、現職社長の死によって事業が終了した会社があります。その社長とはたびたびお話をさせていただき、先代の葬儀にも参列した、思い出深い会社でした。社長が亡くなられた後、奥様が代表を引き継がれましたが、事業の継続は難しく、最終的に会社は解散となりました。相続税の申告を終え、内容をご説明し、控えをお渡ししたあと、私は仏壇に手を合わせました。 おしゃべり好きで、いつもにこやかだった社長は、今も優しくこちらを見ているような気がしました。奥様が「○○さん、終わったよ。お疲れ様でした」と静かに語りかけておられた姿が、今でも強く印象に残っています。仏間には、亡くなられた社長のご両親の写真が飾られており、端正なお父様と、活発で男勝りだったというお母様のお姿が伝わってきました。こうしたご家族の背景に触れることも、税理士の役割の一つなのかもしれないと感じた出来事でした。 もう一つ印象的だったのは、12月にM&Aが成立し、成約式に出席した際の社長の表情です。75歳を過ぎ、早く引退したいと思いながらも、従業員のことを考えると辞められなかったという方でした。後継者候補として考えていた従業員が急逝し、息子さんについても適性や意思の面から断念されたと伺っていました。 そこで私どもは、「M&Aによって会社を存続させ、従業員の雇用を守る」という選択肢をご提案し、日本M&Aセンターとの協業により、最終的に譲受先が見つかりました。成約までには約2年を要しましたが、その分、社長の感慨の深さが表情から伝わってきました。長年背負ってきた重荷を下ろしたような、安堵の表情でした。ご夫婦そろって何度も頭を下げてお礼を述べられた姿は、今も忘れられません。このような場に立ち会えることこそ、税理士という仕事の醍醐味なのだと実感しました。 税理士は、中小企業にとって非常に身近な存在です。ぜひ、私どもをうまく活用していただき、良い会社づくりを進めていただければと願っています。