けやきパートナーズとは
税理士法人いび会計センターは、創業50年を機に「けやきパートナーズ税理士法人」と名称変更いたしました。 けやきパートナーズは、揖斐川町に位置する地域密着の「税務」・「法務」・「労務」・「保険」サービス等を提供する「ワンストップ型」事務所です。
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COLUMN
コラム
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西暦で書きますか?和暦令和で書きますか?
何のことかと思いますよね。履歴書に書く、自分の履歴です。自社のホームページは、4年前に「けやきパートナーズ」と改称したことをきっかけにして、「西暦」を標準にしました。ところが、自分の頭の中では、東日本大震災は平成23年が先に思いつくのです。2011年ですけれど。あれから15年という区切りでした。阪神淡路大震災は、1995年というのは分かりやすいかもしれませんが、和暦になると平成7年。その二年前平成5年に、イチロー選手が前人未到のシーズン200安打ということを記憶しています。どちらかというと、私の中では、和暦と西暦は混在しているように感じます。 新聞はどうかというと西暦も和暦も併記されていると思うのですが、和暦はカッコ書きされている場合が多いように思います。さて平成初期のころ、あるいは昭和40年代50年代の新聞の記録についてはあいまいです。 ですけれど、履歴書に書くのは、すべて和暦であった記憶があります。見本もすべて和暦表記です。 私の場合は、昭和59年中学卒、昭和62年高校卒、平成3年大学卒と覚えているのです。西暦で記載して、アルバイトに応募した記憶は全くありません。 ところが、近年ですと当事務所の応募者はすべて西暦で学歴、職歴を書いてくるのですね。特に、生まれ年が気になるのですが、「1999年」生まれというのと「平成11年」生まれというのと、どちらがなじみがあるのだろうか考えると、平成11年生まれなんですよね。ですから、できるなら「履歴書は和暦を標準に」してほしいと願うのですが、皆様の感覚はいかがでしょうか。古臭いと一蹴されるのでしょうか。こんなことを言っていると年齢がばれますか。 ところで、税の世界で見るとほぼ和暦表記ではないでしょうか。ところが、その中に「西暦必須」のものがあるのです。これは、なぜなのか?と疑問に思っています。 「電子申告開始届」を提出する際の生年月日の選択が、西暦なのです。ここについては、せめて和暦も併記してほしいものだと常々思ってしまいます。申告する人が、多国籍化しているのは分かります。しかし、日本語で記載された開始届は、和暦を標準にしていた抱きたいと思います。英語版の開始届は、当然西暦が標準で良いと思いますけれど。 生成AIに聞いてみると、「パソコン作成の普及」「グローバル化・汎用性」「元号の変更による手間」が理由として挙げられ、『履歴書作成サービス』を利用した人のうち、94.3%が西暦のみを使用しているということであるようです。どおりで、和暦が書いてある履歴書を見ないものだと思わされます。 それにしても「履歴書作成サービス」、便利ですね。私の20歳代のころは、すべて手書きで作成し、採用されなかったら、一から作り直していったのです。実に便利な世の中になったものだと感心させられます。
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愛知四大オーケストラフェスティバル 「チャイコフスキー」はやはりいい!
9月も下旬になり、ようやく暑さも和らぐ今日この頃であります。 すでに3週間も前になるのですが、9月5日(土)「愛知4大オーケストラフェスティバル」を観に行きました。 この催しは、昨年から始まりました。昨年も同じ時期に開催されたと記憶していますが、前回は「ブラームス」の4つの交響曲を各楽団が演奏したのです。人気のブラームスということもあって、チケットは「完売」であったと記憶してます。今年もまた、「チャイコフスキー」の交響曲を取り上げるということが前々から宣伝されていました。チャイコフスキーの交響曲を一度に生演奏で聞ける機会というのは、ほぼないですからね。チャイコフスキー好きの私はぜひ聴きに行きたいと感じました。チャイコフスキーは、全交響曲は6つあるのですが、演奏機会が多いのは、1番と後期交響曲の4番から6番です。その4曲を異なるオーケストラ、指揮者で聴けるというまたとない祝祭のようなイベントです。今回も、想像した通りで開催相当前から売り切れとなっていました。私は、発売開始から日も絶たないうちにチケットを購入していました。手配できたのは、愛知県芸術劇場コンサートホールの1階前方のシートです。前の方の席ほど「熱気」を感じ取れるのです。私としては、そこが大好きです。 さて、当日チケットは、最近はすっかりなじみになった「電子チケット」。スマホの充電切れさえ気を付けていけば、非常に管理は楽で、紙のチケットよりも良いと思います。 プログラムは、交響曲作曲年代順に並んでいます。すなわち「番号順」ということでした。 1番は愛知市内オーケストラ、4番は名古屋フィルハーモニー交響楽団、5番は中部フィルハーモニー交響楽団 6番はセントラル愛知交響楽団の順に演奏されるに先立って、各団の指揮者がプレトークで演奏する各曲の解説をしてくださいました。四者それぞれ持ち味のあるしゃべり方でしたが、一番会場を沸かせたのは、藤岡幸夫さんだったのではないでしょうか。「ブラームスは、チャイコフスキーの交響曲を散々にこき下ろした」という話。そうなのか!という感じで聞かせていただきました。4人の指揮者年齢バランスもちょうどいいくらいだと思いました。40歳代の川瀬賢太郎氏(名フィル)と角田鋼亮氏(セントラル愛知)に60歳代のベテランお二人山下一史氏に藤岡幸夫氏。いずれも日本人なのがいいですよね。一人の外国人もいないので、通訳を介さない楽曲の解説は、分かりやすいように思います。 演奏会は、プレトークが午後0時30分から始まり、午後5時30分終演でしたので、長丁場でした。約5時間でしたが、たびたび聴いてきた耳になじみのある4曲ですので、苦痛はありません。交響曲が一曲演奏されるたびに、休憩を20分ほど挟むので、ちょうどそれがいい切り替え時間となっていたのかもしれません。各交響曲いずれも40分から50分と極端に長い曲はないのがチャイコフスキーの良いところでしょう。 ただ、各オーケストラはそれぞれ、人数が違うので、味わう音の濃度、音圧には違いがあります。愛知室内オーケストラは山下氏の指揮がふくよかで包み込むような優しさを感じさせるものである一方、楽団規模の小ささ、特に弦楽器の人数が少ないのは物足りなさがありました。 スケールの大きさでは、やはり名フィルは一枚上手であると思わされます。「交響曲第4番」での金管楽器の音の厚み華やぎ、木管の優雅で優美であること、さすがに名古屋を代表する老舗オーケストラの風格があります。これは、指揮者はもはやだれでもうまい演奏が聴けるのではというレベルなのではないかと思わされます。 中部フィルは、初めて聴きましたが、藤岡さんの音楽づくりに魅せられたように思わされました。ちょっと最終楽章は、乱痴気騒ぎが過ぎやしないかというくらいの喧騒感がありました。きっと、オーケストラが藤岡さんについていけていない感じはしたんですね。「第5番」、こんな騒がしかったのですねって、初めて気が付かされました。ある意味、衝撃的であったかもしれません。 最後は、静けさの中で終わる第六番悲愴交響曲。やっぱり、悲愴が一番チャイコフスキーらしいほの暗さがあって一番好きです。そして、最後を締めくくるという覚悟の指揮が角田氏にはあったように思いました。指揮者では、唯一暗譜で指揮されたのが角田氏。第三楽章の行進曲の明るさ、にぎやかさと対照的な、最終楽章の陰鬱な空気と張りつめた緊張感と悲しみの減の響き。この曲の持ち味を生かし切った指揮でした。静かな最後、無音になっても完全にタクトを下ろさず、静寂に包まれた時間が見事でした。会場も一体となっていました。 四楽団ともに、大きな拍手が贈られていました。最後に、四人の指揮者がステージに戻ってきてくれて、拍手に応えてくれて、ほんといいシーンでした。やはり音楽が作る「和」を体現する4オケのフェスティバルと思われました。 ついでにホワイエでは、四つの楽団の事務局がグッズを販売したり、CDや今後の演奏会のチケットの販売があったいりと、まさにお祭りという感じでした。来年は、ベートーヴェンイヤーということで、ベートーヴェンの交響曲を4つ取り上げるということです。さて、何番を取り上げるのか、各団が何番を演奏するのか非常に楽しみです。ついでに、私の誕生日が、4大オケの演奏会という日程まで決まっているというので、もう行かなきゃいけませんね。
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9月8日名古屋を中心にした大雨による交通マヒ、あなたの行動は?
9月8日午後の激しい雨によって、名古屋市内を中心とした公共交通機関がすべて止まってしまいました。 その時、私は名古屋駅前の「大名古屋ビルヂング」内5階で、セミナーの受講中でした。妻よりのLINEが何度もあり、「洪水」の危険があるというのを知りました。ところが、ビルの中では、まったく風の音も雨の音もしない静かな空間です。ブラインドが閉められた室内では、外界の様子が全く見えないので、気にならなかったのです。かえって、なに?セミナー中に邪魔なこと言ってこないでって感覚でした。 ところが、そのあとになってスマホが勝手に鳴り出しました。例の警報音が何度も何度も。セミナー中であったので、警報音が数多くのスマホより鳴り響き、セミナー内容に集中できませんでした。異常事態なのは間違いないということがようやくわかりましたので、交通機関の状況を調べてみると、その時は、JR在来線、JR東海道新幹線が止まっているという表示でした。岐阜大垣方面が全面ストップとなっていました。そして名鉄への「振替輸送」も行っていないというのでした。そうすると、名鉄も止まっているというのかと、名鉄の運行状況を調べてみましたら、ここも岐阜方面は運転取りやめているという表示でした。 セミナーが終わる5時30分になれば、事態も改善されるだろうと思っていたのですが、再びJR東海の運行状況を調べると、「新幹線」が遅れはあるが運転再開という表示になっていました。在来線は、動く見込みが立っていないということでした。本当に新幹線は災害に強いというのが実感できますね。この段階で、名古屋宿泊も考えていたのですが、宿泊の予約サイトを検索してヒットする宿泊先はありません。 在来線がいつ動くか分からないので、「新幹線で帰る」という選択をしました。岐阜羽島駅まで、妻に迎えに来てもらうということで帰宅するという方法です。新幹線で、わずかに一駅の岐阜羽島駅へという選択は果たしてみなさんが発想されたことだったのでしょうか。そこまで多くはなかったように思います。名古屋駅でも、大々的に案内していませんでした。ただ、在来線の発車案内はすべて真っ黒になり、まるで終電後の灯ってたのに対して、新幹線は発車案内が灯っていて対照的でした。ただ、切符売り場には列がさほど長くできていませんでした。岐阜に帰る人はそこまで多くないのか?家族に名古屋まで車で迎えに来てもらうのか? 売り場の列では、東京方面へ一駅の「三河安城」までの切符を買い求める人がいました。これは、珍しいことです。在来線には岐阜羽島駅がない、その先どうするのかということもあったかもしれません。私はたまたま午後6時過ぎに来た「ひかり号」に乗れました。確かにデッキに乗り込む人も大勢いましたけれど、客席となりに立つ人もおらず、混乱状態にはなっていませんでした。 岐阜羽島駅にほどなく着くと、大量の客が降りていたのは、非常に珍しいことでした。エスカレータの位置まで「のろのろ」としか進まないのです。改札も、いつもよりは当然人は多いなあとは思うものの、あふれる感じはありませんでした。岐阜羽島駅構内は広いので、そこまで混雑して見えませんが、待合室に空席がないというのは、普段の午後7時では考えづらいでしょう。 行きに西岐阜駅近くに駐車して名古屋に行ったので、西岐阜駅近くを経由して帰宅しました。 しかし、午後10時になっても、市営地下鉄は動きませんでした。全線が4時間以上もストップという珍しい出来事でしたね。 幸いのことに、死亡事故が発生しなかったのが素晴らしいことでしたね。非常にまれな経験をさせていただいた一日でした。とてもセミナーでの話が頭に入っていきませんでした。 やはり、新幹線は最強でした。本当に頼りになる大動脈を実感します。
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