コラム

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相続税の基本知識講座を始めます(序)
これから相続税の基本知識講座を定期的に連載していきたいと思います。 私どもの事務所は、揖斐川町役場に近くにあります。 役場から、徒歩5分ほど山に向かって歩くと当事務所に着きます。 外観に配慮してあまり大きな看板はありません。(そのかわりに役場手前には、看板があります) ですから、車ですと時速60キロ以上で走っていますと、うっかり通過してしまうかもしれません。 役場前の道路は、制限速度は40キロです。 40キロで走っていただければ、通り過ぎることはないでしょう。 そうなんです。歩行者用の道路と車道が分離されていません。 歩行者に気を付けてご走行ください。早く、歩行者用道路が取り付けられることを期待しています。 比較的町の中心部に当事務所は、位置していますから、予約なしに、「相続」について、聞きたいのだけどと 当事務所に入ってこられるお客様もよくおられます。 気軽に入っていただけるのはありがたいことです。 でも、身近にそのような情報が得られるのであれば、わざわざお越しいただく必要もないかもしれませんね。 当事務所は、通常は土日開けていません。しかし、インターネットなら24時間閲覧いただけます。 できるだけ平易な言葉を使ってご説明したいと思っていますので、ご活用いただけたらと思います。 さて、少し先にはなりますが、 8月25日(日)の午後1時から5時まで大野町総合町民センターにて、「相続何でも相談会」を開催します。 ご予約優先とさせていただきますが、空きがありましたら、ご相談をお受けすることもできます。 当日は、税理士1名と行政書士2名、及び司法書士1名が皆様のお越しをお待ちしています。 ご予約は、当事務所0585-22-5660まで(平日午前8時30分から午後5時受付)お電話ください。
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本当に何を食べても美味しい岐阜市の老舗定食屋『小塩屋(おじおや)』
もうすでに揖斐川町のこの事務所で働き始めて22年が経過しました。その前に勤務していたのは、高井直樹会計事務所(現在NAO税理士法人)なのですが、その時に高井直樹先生に連れて行っていただいた定食屋がまだまだ健在で嬉しくなります。先生曰く、「ここの料理はどれを食べてもおいしいから。食えるだけくっていいぞ」と。当時は、まだ「食えるだけ食っていい体格」でしたので、遠慮せず十二分にいただきました。お腹が張ってきても、ここの料理は食べられました。そして、金満の先生からすると大したこともない価格です。当時は、1000円未満の飲食料金でした。先生から、紹介された小塩屋は、やや事務所から距離があって、毎週行くというわけには行きませんでしたが、数か月に1回は行っていたのではないでしょうか。 外から見ると、古びた定食屋なのです。中に入ると、冷たい一品もの、温かい一品ものもショーケースの中にあり、一切値段はそこには書いていませんけれど、値段の書いてある壁のメニューを見ると、さほど高価とは思えないものです。当時は、700円以内のメニューが多かったと思います。昼時は、ずっと満席という感じ。食事が終われば、すぐに店を出ていくというパターンが多いということでしょう。店内は、狭くて相席をお願いされます。今は、よくあるのですが、当時から水とお茶はセルフサービスです。狭い店内を、店員さんが忙しく、料理を運びまわっているので、活気があるように見えます。そして、オーダーを勢いよく大きな声で伝えるのも印象的です。お客さんたちも察しているのか、そこで「領収書をくれ」と言っているのを見たことがありません。そう、今時のレジではないし、手動釣銭機のボタンを押してお客さんにつり銭を渡しています。 まさしく、昭和のおばちゃんが一生懸命に働いている定食屋でノスタルジーを感じさせられます。先日、妻と一緒に11時少し回った時間帯に入りましたが、すでにほとんどの座席が埋まっているのにびっくりです。店の端の方に、柱が邪魔している2席があって、そちらに座ってと案内されたのです。コロナの期間ずっと来ていなかったのですが、さすがに価格はかなり上がっていました。900円前後がほとんどになってしまった印象です。妻は、ヒレカツ定食、私は、唐揚げ付きのかつおのたたき定食を注文。揚げ物は、いずれも揚げたてのアツアツが提供され、副菜のキャベツ、トマト、マカロニサラダなども手抜きなしのみずみずしさ。ご飯も、多めでふっくら炊き上がり、みそ汁も、具が多くて、味が濃くもなくちょうどいい。かつおも、そこに一緒についてくる大根もしゃきっとした歯ごたえです。素晴らしい。ついついもっと食べたくなる味です。この日は、そのあとの予定もあって、提供で待たされてしまったのがイラっとしたのですが、食べると、そのイライラも吹き飛ぶおいしさだなあと思わされました。 岐阜市の岐阜西通り沿い、東海道線の南側という中心部に近いところにありながら、駐車場もあるというのがいいですね。小塩屋、私の若いサラリーマン時代の思い出の地でもある定食屋さん、今の個性をずっと保っていってほしいなあと思いました。平成のみならず令和も生きながらえてほしいというのが願いです。
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致知出版社の電話応対に驚き
さすがに人間性の向上を目指して、「人間学」を追求する雑誌「致知」を出版するだけのことはある致知出版社の電話オペレーターさんの受け答えの迅速さに驚かされました。 「契約更新に当たり、紙での雑誌購読から、電子版での購読へと切り替えたいが、どうしたらよいか」という質問をしただけなのに、発信した携帯電話番号から情報を引き出してきたのであろうか、「お客様の購読期間は、8月までとなっていて、あと2冊分、送付させていただきます。その後、雑誌の送付はお停めし、購読を中止とさせていただきます」との返答を受けました。え?電話番号、名前も言っていないのに、いやにスムーズだなあと驚いてしまいました。顧客データが、電話番号から、即座に引き出せる仕組みなのでしょうか。 うーん、ついでに「電子版購読」も電話で受け付けますからというのであれば、もっと良かったのですけれどね。「オンライン購読は、7月1日からの申し込みがサービスが増えてとてもお得」ですと言われたのが印象に残りました。次の申し込みは、7月1日以降、インターネットでというのが分かればいいってのがすぐに分かりました。 雑誌も、カラフルな写真が楽しい旅の雑誌ならば、いいと思うのですが、「致知」は、カラーがなくて、文字ばかりですからね。電子版で読むのがいいと思えます。雑誌「致知」は厚みがあって、ためておくと収納スペースをとるのですよね。かと言って、手軽に捨てるのはもったいなく感じます。それならば、バックナンバーも含めて読めることになった電子版にしようとなりました。偉大な人物の生き方が掲載されている雑誌「致知」、皆さんも触れていただくことをお勧めいたします。
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やはり老舗「河合塾」のデータベースに驚き!
私の一番末っ子が、高校3年生ということで、「志望大学」の来春合格目指して4月から大手予備校の「河合塾」に通塾し始めました。河合塾に通塾したいと行ってきたのは、長男も、二男も河合塾を利用しているので、なじみがあるのですが、末っ子の進路については、後悔したくないということで、積極的に、「保護者説明会」「個別面談」にと河合塾に行くようにしています。 私の高校時代にもすでに有名であった河合塾がやっている「全統模試」。全統模試というのは、いつから始まったのでしょうか?私の高校時代よりもさらに昔ではないかと思います。長く続く模擬試験には、敬意を払わずにおれません。「進研模試」をやっているベネッセは、以前は福武書店という名前でしたが、現代風の社名にしましたね。私は、「進研ゼミ」を高校の時にかなり活用したと思うのですが、息子には全く人気がありませんでした。進研模試については、各高校で受験しているのですが、進研模試の志望校の合格判定基準に対し、疑問を呈している学習塾関係者も少なからず見受けられます。その分、ベネッセは、全世代に教育をという戦略にシフトしているのかと思えます。YouTubeで進学情報を発信されている塾関係者で使われる偏差値、合格判定は河合塾のものです。それだけ、大学受験界では、信頼感が高いということでしょう。 いつも行くのは、河合塾の岐阜校ですが、岐阜駅が目の前にある非常に利便性が高い場所にあります。駅ビルがすぐ目の前ですから、昼食を調達するのも便利です。岐阜駅前は、いつも高校生、大学生などであふれかえっていて、若々しさを感じさせてくれます。自分が若い時にこんなに岐阜駅周辺が綺麗だったらなあと感じてしまいます。 さて、先日は第1回模試の成績が出たということで、「保護者面談」に行ってきました。岐阜校の中は、清潔感にあふれていて、1階の自習室には多くの高校生が学習していて、勉強する場になっている感がします。そして、2階が教務室になっているので、安全に配慮して1階から2階は、階段を使うようになっています。保護者が来校する際には、警備員がエレベータに保護者が乗れるようにしていました。 あらかじめ、電話予約した時刻に個室に通されて、予約時に相談した内容に合う資料を見せていただけました。国立のある大学経済学部を第一志望の受験生の第二志望は、どこが多いのか?圧倒的にB大学だというのが、数字を見せられて実感できました。実際の入試で、ある大学とどこが併願されていて、それぞれ受験者、合格者の人数はどうかと。じゃあ、私立大はどこを受験する人が多くて、その合格率は?など、詳細なデータがあって、受験情報の豊富さにさすが老舗の河合塾だと感じました。私立の併願先を見るに、東の明治、西の同志社、立命館、地元の南山は、大人気なのだなあと改めて感じさせられたのでした。
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「事業承継」考えていますか?
М&Aが非常に身近になってきました。5年前には、М&Aって自分たち中小企業には関係ないことという認識が多かったように思います。しかし、最近は事業継続のために第三者に事業を譲渡することも考えなければならないという認識は広まってきました。私たち税理士事務所も、お客様に廃業するよりも、事業を承継してもらうためにどうするのかを考えてはいかがでしょうかとお話ししてきました。今まで蓄積してきた取引先との信頼関係、製品製造のノウハウ、従業員の雇用を守っていくことは、とても大事なことではないでしょうか、ということです。今まで培ってきた実績をこの先につなげることができるのが、М&Aのメリットです。 創業した事業者の想いをつなぐことができて、経営者が高齢になってきたのに後継者が不在であるという事態を脱することを可能にするのが、М&Aということです。 「経営者が70歳以上であるが後継者はいない」「会社の業績は、比較的堅調」「今後の事業も安定した需要が見込まれる」「設備、人材が整備されている」「取引先からの引き合いは安定している」といった条件がそろっている企業さんは、譲り受けたいというニーズが高いものがあります。事業承継についても、税理士は相談に乗っています。私どもの事務所では、積極的に「事業の承継」について考えていますか?というお声がけは行っています。 残念ながら、市場のニーズが乏しいので、市場から撤退する企業も考えられます。しかし、М&Aに向いた企業の社長さんは、是非とも税理士事務所に声をかけてみましょう。 私どもは、「日本М&A協会」の理事会員でもあり、お客様の将来のためにМ&Aを媒介してきた実績があります。そんな私たちは、日本М&Aセンターより感謝状を授与され、顕彰いただいています。企業の設立から、経営者円満な引退、事業承継までずっと支援させていただくというのが私たちです。
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相続相談会でのひとコマ
今月は、大野町の村木葬祭様のイベントに共同参加させていただきました。ご葬儀相談会の横で、「相続相談会」を開催しました。久しぶりに参加させていただいたのですが、前回は十分に周知されていなかったのでしょうか、相談者もほとんどなく寂しい思いをしましたが、今回は4件のご相談をお受けしました。私と相続担当の横山が応対しましたが、10時以降は意外に雑談している暇もない感じでした。おおむね、相続の手続きということがメインでした。 その中で、「けやきパートナーズさんは、税理士だけやっているわけじゃないでしょう?いろいろと士業があるけれど、差がわからない」と言われる相談者もいらっしゃいました。そこで、士業どう違うの?ということに応えるということもありました。 よくあるのが、「不動産の名義変更手続きは、どこでやればいいの?」ということです。残念ながら私ども税理士ではできません。社会保険労務士にも行政書士にもできません。相続登記が義務付けられたということで、ご相談ということもありますが、ご自身で登記手続きを行うのは、大変面倒なことであると思いますので、お近くの「司法書士」さんに依頼してくださいとお話しさせていただいています。司法書士の知り合いがいない、紹介してほしいという声にはお応えしています。 以前は、当事務所から近い場所に登記が行える出張所がありましたが、現在は閉鎖されてしまいました。窓口で行いたい場合は、大垣まで行かなければなりません。そうしますと、お近くの司法書士を頼った方が良いかもしれません。司法書士も、なかなかの難関資格の上、毎月の顧問料という形での報酬を得られにくいということからか、担い手が減ってきました。近郊の司法書士さんも4件が廃業されていきました。 不動産の名義変更の登記は、「司法書士」さんへですね。覚えておいてください。 相続のシーンで、お亡くなりになられた方が所有する財産をどのように相続人にわけるのか?これを相続人間で話し合って決める必要があります。この話し合いの結果、どのように財産を分割するのかを決定した結論を文書にするという作業が必要です。「遺産分割協議書」という難しい言い方をしていますが、結局は、「故人の財産を誰が引き継ぐのか決めた結果を文書化したもの」です。この遺産分割協議書は、相続人の誰かが作成して、その協議が成立した証として、署名、押印するというやり方で、作成できます。 しかし、慣れていないと、相続人で作成することは難しく感じるかもしれません。そんな場合に登場するのは、「行政書士」です。当事務所は、行政書士もやっていますので、「遺産分割協議書」のみ作成して欲しいというご要望にもお応えすることができます。 もちろん、「相続税申告」「相続税対策」というと税理士の出番になります。ただ、相続税の申告までも必要がない相続が大半です。なぜならば相続人が3人というケースであれば、財産額4800万円を超えていなければ、相続税の申告は必要ないからです。 そうです。相続人の財産は、どんなものがあるのかをたな卸し調査することがまず第一に行うべきことなのです。それをやらずして、相続税の申告が必要か同課の判断はできません。 相続をめぐって、親族間でのもめごとを間に入って解決してくださいという要望は、今回はありませんでしたが、もめることがないように事前に対策することは、可能です。そんなお手伝いもできますので、ぜひご相談ください。 事前にご予約いただければ、土曜日曜もご相談に応じさせていただいております。
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いび祭り 宴の後のわびしさ
いび祭りは、昼の青空の下で映える山車も美しいのですが、夜がふけてから始まる子ども歌舞伎千秋楽を観てから帰途につく各山車の様子と、三輪神社からどんどん山車が曳きだされていって、人がいなくなっていく様もまた趣深いものがあるなあと思わされます。 夜は、山車に提灯がとりつけられて、その提灯に火がともり(実際の火ではなく電灯ですけれど)、幻想的な雰囲気になります。その中で、子ども歌舞伎が演じられるのです。三輪神社で行われる最後の歌舞伎ということですから、自分が小学校6年生で出演した時は、すごく張り切っていた、高揚感があったという思いがあります。これについては、人それぞれでしょうか、観客のいるところが暗いので、表情が気にならないので、自分の演技に打ち込める良さがあるのです。昼ですと、観ている人の顔が視界に入ってくるのです。これが、あまりよくないように感じます。暗い夜の方が、声援する方も、実は声を出しやすかったりするものですよね。今年は、途中から三輪神社に行ったのですが、近年にない人の数でした。これだけ多くの人たちの声援を受けられながら演じられるっていいなと感じました。 祭りの思い出は、子どもの時の方が数多く残っていることでしょう。私は、ずっと舞台に出ている役でした。師匠が厳しかったのと、自分が不器用なのとあって、つらくて泣いたことも随分あったと思います。あとから、その師匠から「君に対しては、とても厳しく接してきたが、君が喉も張り裂けんばかりに頑張っている姿を見て、感動して涙が出てきた」と手紙をいただいたことが思い出されます。 子ども歌舞伎が終演となると、5つの山車は、それぞれの町の山車倉へと帰っていく用意をします。電源が、各山車に載せられたバッテリーへと切り替えがなされて、先導の非常に高さのある竿提灯に火が灯されて、山車正面に配置される風景、実は人生で初でした。おおー、なかなかいいものであるなあと、感動させられます。そのあと、三輪神社より遠方の町内にある山車より、三輪神社から町内へと帰路に就くため曳き出されていきます。「下神町市車山(いちやま)」を先頭に、すこしづつ減っていく山車、曳き手。「帰り車山(かえりやま)」のお囃子にのせて、山車が最初は、三輪神社境内を前後に曳きながら、そして方向転換を行って、大きな車山が三輪神社を去っていきます。上新町龍宮車山(りゅうぐうやま)」、下町鳳凰車山(ほうおうやま)、中町住吉車山(すみよしやま)、上町高砂車山(たかさごやま)という順番は、私の子どもの時から全く変わっていません。伝統なのです。だんだんと車山がなくなっていって、ほとんど客もいない三輪神社が取り残される寂しい様子もまた、「わび」「さび」という日本らしい風情があって趣深くも感じるものです。ああ、いび祭りも無事に終わったなあとなるのは、まだ早いかもしれません。各町内にある倉に車山が収納されて終わったとなるのでしょう。 祭りの伝統を守り伝えていくという重要な責務を私たちは、担っていかねばなりませんね。様々な手を使って。
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「いび祭り」をいつもとは違う角度から見る
毎年5月4日、5日に開催される揖斐川町三輪神社の例大祭。5両の山車が三輪神社に曳き揃えられる様子は、大変美しいと思います。 特に、今年のように紺碧の空のもと、三輪神社境内に揃ったさまは、まさに「インスタ映え」する美しさです。5両の山車は、それぞれ名前がついており、少しづつその装飾は違うものの、基本的構造は、ほぼ同じように思います。舞台があって、その舞台上で歌舞伎が上演されるということ、その奥がお囃子の楽屋となっています。5年前までは、その楽屋の中で、私は、太鼓をたたいました。残念ながら、太鼓を両手でたたくことがかなわなくなってしまい、楽屋から退くことになってしまいました。しかし、別の町内の方々が替わってやっていただけているのを、耳で聴かせていただき、令和へと御代は移り変わっていっても、「祭りの音楽」が承継されるよう頑張っていただいていることに敬意を表したいと思います。 今年は、山車を持っている上町の区長さんより、山車曳きを手伝ってほしい、人を出してほしいとお願いされ、わずかの人数ながら協力させていただきました。手伝ってくれた人任せにもできないので、山車の移動に付き添って、ほぼ全行程を歩きました。上町は、三輪神社から一番近い町内であるため、さほど長いみちのりではありませんが、普段はまったく目にできない山車が街中を移動する様子を見に焼き付けることができました。実は、そのような体験は一度もしていませんでした。横幅も、高さもある大きな山車が方向転換のために向きを変える様子は豪快です。祭りっていろんな立場になって楽しむと愛着がわくものであるなあと思わされます。今年は、山車にフォーカスして、祭りを見物することにさせていただきました。これまでは、山車の上に乗って、この祭りに参加していたのですけれど。この祭りの「一支援者」というように立場を変えて見物 ですね。とはいえ、私の出身町である上町の山車を中心に見てしまうことになるのです。18歳まで住んできた上町ですので、年配の方々を中心に知っている人が多いもので。 以前は、上町に住んでいたが、他の町に住む人も多いのですね。祭りによって、昔を懐かしく思い出す、久しぶりの出会いがある。コロナ禍が収束して、今年の祭りの人出は多かったように思います。とりわけ、5日の夜の多さには驚かされました。賑やかな祭りが戻ってきて、非常にうれしく思った「こどもの日」でした。